本気の生き方。

インターン生の谷藤さんが東京土産を買って来てくれました!

東京バナナも色んなバリエーションがあるんですね!

とってもキュートで美味しいです!ありがとうございます♪

私も週末は東京でLIVE始めとなります!いよいよ今年がスタートする気がします!後藤です!ヾ(*´∀`*)ノ

 

明日で阪神淡路大震災から24年になりますね。

昨夜はJR六甲道駅の復旧を描いた特別ドラマが放送されていましたね。

阪神淡路大震災の時、私は22歳。(たぶん)

もうとっくに社会に出て働いていたのですが、当時の朝のことを思い出しました。

出勤する為に駅へ行くと電車が動いていないのです。

どうやって会社へ行こうか・・・その事ばかり考えていたように思います。

少し離れた神戸では大変なことになっていたのに。

結局、お昼過ぎに私が利用していた鉄道は運行を再開したのですが、ダイヤは乱れに乱れ、駅と駅の途中で止まったすし詰め状態の電車の中で、貧血を起こしてぶっ倒れたことを思い出します。

今から考えたら、そんな思いしてまで果たして会社へ行く必要があったのか?と思うのですが、良くも悪くも日本人の真面目さが出たエピソードでした。

 

さて、昨日放送されていたドラマを見ていた中で印象に残る言葉がありました。

「誰かの為なら手が抜けるけど、自分の為なら手は抜けねぇよな」

え!?逆じゃないの??と思った次の瞬間、目が覚めたような気がしました。

目からウロコでした。

 

で、この言葉の意味を自分なりにじっくり考えてみたのですが…。

子供の頃から「人に迷惑をかけてはいけない」と育てられてきましたので、人の為に行う事は手を抜いてはいけないと考えてきました。(もちろんそれはそうです!)

そして、自分のことは、自分さえ妥協すれば、自分さえそれで良ければだれに迷惑をかけるわけでもないからええやん・・・って気持ちがあります。

それって、改めて考えてみると、なんか自分に負けてるなって思うんですよ。

自分さえ妥協すればそこまでがんばらんでもええやん。

別に自分のことやからそんな面倒くさいことせんでもええやん。

ってね。

でも、本当は違うんだなって。

そこに「本気」という気持ちがあるなら、やっぱり手は抜いたらいけませんし、それこそ「抜けない」はずなんですよね。

手が抜けるということは、その事に対してまだ本気になれていないってことなのかなと。。。

 

そう考えると、これまで自分で自分にどれだけの迷惑をかけてきたんだろう?って思いますね。

せっかくそういうことに気付かせてもらったので、これからは自分にも迷惑をかけない「本気」の生き方をしていきたいと思った次第です。