批判なんて当たり前?

先日、結婚記念日のお祝いに旦那と懐石のコースを食べに行きました。

私はいわゆるミレニアム婚でしたので、よくよく考えると来年には20周年となります。

なので、来年はちょっと長めの休暇をいただいて、八重山諸島の離島の旅に出かけようと企てている後藤です♪

休暇、いただけますよね?部長!!(笑)

パンフレットを入れる棚のイラスト

さて、昨日「とくダネ!」を見ていたら、世の中では様々なキャッチが炎上しているというニュースをやっていました。

女性誌「Domani」の広告で、「働く女は、結局中身、オスである」というキャッチが“女性蔑視”だとして炎上しているのだとか。

私、女性なんですが、なんとも思わないんです。

 

女性に対して「男前!」という言葉って、褒め言葉で使われていますよね?

なんとなく、サバサバした気持ち良い人や、気前の良い人のことをイメージします。

少なくとも、私はそう言われるとうれしいです!

何だったら“目指す像”のひとつでもあるので、それと同じようなこういうキャッチを目にするとニヤリとして、読んでみたくなります。

私って鈍感なんでしょうか?私って時代錯誤してますでしょうか?

 

こういう現象がどうして起こるんだろう?って考えていたら、私自身が女性であることに劣等感を持っていないことに気付きました。

この場での表現として的確かは分かりませんが、「言いたい奴には言わせとけ!」ということです。

つまりは、男性とか女性に関係なく、自分に自信があれば“蔑視”なんて感覚にはならないのかなと思いました。

まずは自分に自信を持つことから始めたいです。

あとは、別に批判するつもりではなく“ネタ”として、「誰がオスやねん!」なんて、Twitterなどで笑いながら突っ込んだのが、行間を読めない方々に違う様に捉えられえて勝手に一人歩きしてしまった、、、なんてこともあるかもしれませんね。

 

キャッチだけでなく、音楽や本、絵の世界でもそうですが、世の中の全ての方が納得する表現なんてつまらないです。

少々尖がっていても、それをニヤリと笑って受け入れるユーモアやデカい心があっても良いんじゃないかって、最近つくづく思います。

このままでは、表現する事がどんどん難しい世の中になっていきそうで、そんなのつまらないです。

万人が納得するものなんて何ひとつないわけですよ。

誰かにとっておめでたい話も、誰かにとっては心をえぐられるお話ということもあります。

だとしたら「批判はあって当たり前!」、少々の批判は甘んじて受け入れるくらいの図太さと、「だとしても世に出す!」という覚悟を持たなければいけないなと思う今日この頃です。